「かわいそう」で終わらせない。僕が放牧養豚を選んだ理由

飼養者はみんなそうなんじゃないかと思います、

『かわいそう』という気持ちを、他人にまかせてしまうのではなく、自分の手で飼養環境をつくり、自分の目で毎日の様子を見て、自分自身で育てたいと思ってるはず。

動物が本当に何を求めているのかを知り、それに応えられる飼い方に変えていくために。

それでいうと僕は、放牧を選んだことが最初の答えになります。

先日、農場を見にきてくれた女の子がいました。

子豚たちを見て「かわいそう」という気持ちを持ったんだと思います。 誰もが感じることです、当然です。

でもそこで終わらせてはいけなかった!

よね

今回、農場をきちんと伝えられなかったのは、100%僕の責任です。ごめんなさい。😢

僕も「かわいそう」という感情が無いわけではありません。むしろ、毎日いろんな感情が起こります。

みんなと同じように出荷することを、かわいそうだと思うこともあるし、

人懐っこく近寄ってきてくれる姿を、「かわいいな」と思う日もあります。

自分の思ってた通りにならなくて、面白くないと思う日もあるし、

弱ってしまった「つぶちゃん」を前にして、自分の心が壊れてしまいそうなくらい、つらく悲しい時もあった。

そこから元気を取り戻して、走り回っている姿を見れば、心から嬉しくなる日もありました。

また、「自分がこの子達を育てて、守り切るんだ!」(母豚の声)と、

そんな母豚の意思を感じて、強く尊敬することもあるし、

何をしても答えが見つからなくて、何ヶ月も悩み続けることもありました。

どうしようもなく、諦めるしかないこともあるし。でも、諦めずに続けていたことで問題が解決され、それが自分にとって勉強になったり、またひとつ成長できたりすることもある。

だから、僕は「かわいそう」という一つの感情だけで、判断しているわけではないです。

「今、何を求めているんだろう?」「この飼い方で本当にいいのだろうか?」「もっとできることはないか?」

とずっと考えています。

自分に都合のいい話なのかもしれませんが、

僕は、「出荷」=「殺す」とは言っていないし、そういう扱いはしていません。

命をありがたくいただくために、その命を「絶つ」「断ち切る」。僕の中で、そういう言葉に変換しています。

もちろん、言葉を変えただけでその事実が変わるわけではありません。

僕が何を言いたいのかというと、そこから逃げずに、少しでも豚さんらしく、どのように育てれれば健康に過ごせるのか。

悩み、考え続けたい、だから自分で育てる。と、そう思っています。

最後に決めていることは、豚さんの目を見たときに、うつろな目をしていたら、そのとき、僕は養豚辞めます。

「自分の育てかたは間違っている」ということです。

今のところ、まだ大丈夫。(と、そう感じています…)

豚さんの目は優しく、そして強い目をしています。

まだまだ頑張ります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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